でびでび・でびる様と鈍感力
ふと日常を過ごす中ででび様のことをたびたび考えているので、この日記のフックは非常によく見つかるんですが、元来の忘却力によりなくなってしまうことも非常によくあります。
忘れないように書いておけばいいのですが。そのための日記なのですから。
しかし日記を書くのにも体力がいりますな。
未来の自分に伝わるようになるべくわかりやすく、可能ならかっこいい文章を書こうとするとどうしても時間がかかる。
昔に比べて、そういう心の機微を留めておく繊細さというものは、自分から抜け落ちて行ったと思うんですけどね。残念ながら。
ここで思い至ったのが、確か昔流行った「鈍感力」という本。
簡単に言うと「繊細で敏感な人より、多少鈍感な人のほうが考えることすくないから生きやすくない?」っていう、まあそうよねっていうやつ。
でびでび・でびる様は、映画がお好きだし、ある事柄から物語を作ったり読み取ったりするのがとても秀でているので、そういう心の機微には繊細で敏感なんだろうなーと思っている。本当に崇拝しています。
昔も私はものごとを単純化したり、人の奥ゆかしさを考えない大人には絶対ならないぞと思ったものですが、今では私もその節はありそう。
と、いうのも問題の解決法を思いつくには、単純に思考することでしか成し得ないんだよね。
目的はたぶんこれだ、制限はたぶんあれだ。それ以外は自由、的な。
大人も限界のある人間で、経験を積んだことしかできない。
思ったより大人ってすごくなかった。
かと思えば、単純思考に移行した大人はやっぱりすごかったりしてね。
最近、自分の思考過程を言葉にすることが多くなった。
自分でなんとかするのは諦め、周りの大人に頼ろうと思って。
そのときには、目的と制限を正しく与える事が大事だと思って。
僕みたいな凡人は、コンテクストを低くしてコミュニケーションしてもらわないとだれかとすら意思疎通ができないのに、でびる様は人間から高次の文脈を読み取り、対応する。
そうしただれかと比べてどうこう、みたいな価値観は(特にでびる様のような人間と性能の段違いな悪魔と比べるなんてそもそもおかしいが)、
生活の中で仕方なく鈍感力を身につけた私の中から消えつつあるんだと思う。
しかし敏感のままでいるでびる様をみると、若き日の私が顔を出し、惹かれて止まない。
忘れないように書いておけばいいのですが。そのための日記なのですから。
しかし日記を書くのにも体力がいりますな。
未来の自分に伝わるようになるべくわかりやすく、可能ならかっこいい文章を書こうとするとどうしても時間がかかる。
昔に比べて、そういう心の機微を留めておく繊細さというものは、自分から抜け落ちて行ったと思うんですけどね。残念ながら。
ここで思い至ったのが、確か昔流行った「鈍感力」という本。
簡単に言うと「繊細で敏感な人より、多少鈍感な人のほうが考えることすくないから生きやすくない?」っていう、まあそうよねっていうやつ。
でびでび・でびる様は、映画がお好きだし、ある事柄から物語を作ったり読み取ったりするのがとても秀でているので、そういう心の機微には繊細で敏感なんだろうなーと思っている。本当に崇拝しています。
昔も私はものごとを単純化したり、人の奥ゆかしさを考えない大人には絶対ならないぞと思ったものですが、今では私もその節はありそう。
と、いうのも問題の解決法を思いつくには、単純に思考することでしか成し得ないんだよね。
目的はたぶんこれだ、制限はたぶんあれだ。それ以外は自由、的な。
大人も限界のある人間で、経験を積んだことしかできない。
思ったより大人ってすごくなかった。
かと思えば、単純思考に移行した大人はやっぱりすごかったりしてね。
最近、自分の思考過程を言葉にすることが多くなった。
自分でなんとかするのは諦め、周りの大人に頼ろうと思って。
そのときには、目的と制限を正しく与える事が大事だと思って。
僕みたいな凡人は、コンテクストを低くしてコミュニケーションしてもらわないとだれかとすら意思疎通ができないのに、でびる様は人間から高次の文脈を読み取り、対応する。
そうしただれかと比べてどうこう、みたいな価値観は(特にでびる様のような人間と性能の段違いな悪魔と比べるなんてそもそもおかしいが)、
生活の中で仕方なく鈍感力を身につけた私の中から消えつつあるんだと思う。
しかし敏感のままでいるでびる様をみると、若き日の私が顔を出し、惹かれて止まない。
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