でびでび・でびる様とアカシアの記憶
2017年12月27日、アメリカ議会図書館はツイッターのすべてのログを保存をあきらめた。
そのこととはあまり関係ないが一昨日、でびでび・でびる様のツイッターのログを最初から見直そうと遡っていたら、8月14日以降は遡れなかった。
ツイッターの仕様により、3,200件のツイートまでしか見れないらしい。
というのも、この二日間、私は休みだったがでびでび・でびる様も同様だったようで、まるまる空いてしまった。
あてどなく手持ち無沙汰のため非公式wikiやウィキペディアのページを見ていたが、この機会にでびる様のツイッターを見て、でびる様の来歴を捉えなおそうと思った次第である。
ソクラテスというものはその思想の一切を自ら文章に記すことはなく、弟子たちに自分の行動を見せながらその教えを説いていたようである。
プラトンが、そのソクラテスとの対話や出来事を残したものがソクラテスの弁明である。
でびでび・でびる様はソクラテスと違い、幸いにしてツイッターやnoteに文章を残している。ありがたいことだ。
しかしながら冒頭の出来事があったため、断念せざるを得なくなった。
と思っていたら、なんと検索機能から探すことができるらしい。
from:debidebiru_sama until:2018-8-31
上記のように入力すると、2018年8月31日以前のでびる様のツイッターを見ることができるようだ。
ところで、一生に読める本の冊数は、意欲的に読んだとしても大体5,000冊前後だそう。
それにくらべれば、ツイートは流れるように人の文章を読めるのでよい。
しかしながら情報にアクセスすることは労力を使う。
情報をまとめるのは、さらなる時間を要する。
知識を体系化した多数の学者たちのおかげで、読んでない本の知識も得られるはありがたいことだ。
佐藤ねじが2017年2月24日に「みんながアクセスすると劣化する記事」というブログ記事を作成している。
なんでも、神保町を訪れた際、かすれ黄ばんだ本を見て変化するWEBページを思いついたのだという。
電子情報自体は劣化しないが、消えるときは一瞬だった。
いつか見たあのサイトたちに、今でもアクセスできるだろうか。
とある企業は情報の収集に躍起になっているが、そうでもしないとインターネットの海に漂流する情報は波に飲まれ、どんどん薄れゆくものなのかもしれない。
経験し、記憶したものは構築しなければならない。
ただでさえ、端から崩れていくのだから。
もうすぐ、冬になる。
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